「サッカーイラン代表」の版間の差分
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その[[2018 FIFAワールドカップ|2018年大会]]では、グループリーグで[[サッカーポルトガル代表|ポルトガル]]、[[サッカースペイン代表|スペイン]]、[[サッカーモロッコ代表|モロッコ]]と同組になった。初戦のモロッコには試合終了間際アディショナルタイムに相手のオウンゴールで1-0と勝利し、ワールドカップ20年ぶりの勝利を挙げた。しかし2戦目のスペインには0-1と敗れ、3戦目のポルトガルには先制されたものの後半終了間際に[[ペナルティーキック|PK]]で追いつき1-1と引き分けた。最終的に過去最高の勝ち点4を獲得したものの、ともに勝ち点5だったスペインとポルトガルに及ばずグループ3位で決勝トーナメント進出はならなかった。 |
その[[2018 FIFAワールドカップ|2018年大会]]では、グループリーグで[[サッカーポルトガル代表|ポルトガル]]、[[サッカースペイン代表|スペイン]]、[[サッカーモロッコ代表|モロッコ]]と同組になった。初戦のモロッコには試合終了間際アディショナルタイムに相手のオウンゴールで1-0と勝利し、ワールドカップ20年ぶりの勝利を挙げた。しかし2戦目のスペインには0-1と敗れ、3戦目のポルトガルには先制されたものの後半終了間際に[[ペナルティーキック|PK]]で追いつき1-1と引き分けた。最終的に過去最高の勝ち点4を獲得したものの、ともに勝ち点5だったスペインとポルトガルに及ばずグループ3位で決勝トーナメント進出はならなかった。 |
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[[AFCアジアカップ2019]]に出場したものの準決勝で日本に |
[[AFCアジアカップ2019]]に出場したものの準決勝で日本に敗れ、6年に渡る対アジア39戦無敗という記録がついえた<ref>{{Cite web|title=森保Jがイランの無敗記録ストップ! 対アジア勢40試合ぶりの黒星/アジア杯|url=https://www.sanspo.com/soccer/news/20190129/jpn19012901420006-n1.html|website=SANSPO.COM(サンスポ)|date=2019-01-29|accessdate=2019-02-09|language=ja-JP|publisher=サンケイスポーツ}}</ref>。大会後に[[カルロス・ケイロス]]監督はイラン政府とイランサッカー連盟によるサポートがなく、[[カタールサッカー協会|カタール]]の援助なしでは合宿も準備も練習試合もできなかったであろう窮状に語気を強めた<ref>{{Cite web|title=「とんでもない大ウソつきだ!」柴崎を引っぱたいたアズムンがイラン連盟に怒り心頭!|url=https://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=53891|website=www.soccerdigestweb.com|accessdate=2019-02-09|language=ja|publisher=サッカーダイジェスト|quote=ケイロス氏「カタール協会が助けてくれなければ、我々にはなにもなかった。大会前の合宿も、準備も、練習試合もなかっただろう。カタールがすべて払ってくれたんだ。かたや、イランはなにも与えてくれなかった。まったくのゼロだ!」}}</ref>。 |
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== 成績 == |
== 成績 == |
2021年7月23日 (金) 13:37時点における版
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国または地域 | イラン | |||
協会 | イラン・イスラム共和国サッカー連盟 | |||
FIFAコード | IRN | |||
愛称 | Team Melli(チーム・メッリ) | |||
監督 | ドラガン・スコチッチ | |||
最多出場選手 | ジャバド・ネクナム(151試合) | |||
最多得点選手 | アリ・ダエイ(109得点) | |||
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初の国際試合 | ||||
イラン 0-0 アフガニスタン (1941年1月1日) | ||||
最大差勝利試合 | ||||
イラン 19-0 グアム (2000年11月24日) | ||||
最大差敗戦試合 | ||||
イラン 1-6 トルコ (1950年5月28日) | ||||
FIFAワールドカップ | ||||
出場回数 | 5回(初出場は1978) | |||
最高成績 | グループリーグ敗退(1978、1998、2006、2014、2018) | |||
AFCアジアカップ | ||||
出場回数 | 14回 | |||
最高成績 | 優勝(1968、1972、1976) | |||
サッカーイラン代表は、イラン・イスラム共和国サッカー連盟によって編成されるイランのサッカーのナショナルチームである。中央アジアサッカー連盟所属。愛称のTeam Melli(チーム・メッリ)とはペルシア語で「国民のチーム」を意味する。
歴史
AFCアジアカップで3度(1968年、1972年、1976年)、アジア大会で4度(1974年、1990年、1998年、2002年。2002年以降はU-23の大会)、西アジアサッカー選手権で4度の優勝歴を有する。
FIFAワールドカップは1978年大会で初出場。これまで1998年大会、2006年大会、2014年大会、2018年大会に出場しているが、5大会ともグループリーグで敗退している。なお、W杯での初勝利は1998年大会のアメリカ戦(2-1)である。
2010年大会のアジア最終予選では、敗戦こそサウジアラビアの1敗のみだったものの勝ちきれない試合が多く韓国や北朝鮮の後塵を拝し予選で敗退した。
2017年6月12日、アジア3次予選で首位通過が確定し2018年大会への出場が決定した。なお、この2018年大会予選では2次予選、3次予選全18試合を無敗で終え、さらに2015年11月12日のトルクメニスタン戦以降、予選新記録となる1121分無失点の記録を更新した。
2018 FIFAワールドカップ開幕前の2018年6月11日、ナイキはアメリカ政府のイラン制裁措置に基づきイラン代表へのシューズ提供の停止を発表した[1]。
その2018年大会では、グループリーグでポルトガル、スペイン、モロッコと同組になった。初戦のモロッコには試合終了間際アディショナルタイムに相手のオウンゴールで1-0と勝利し、ワールドカップ20年ぶりの勝利を挙げた。しかし2戦目のスペインには0-1と敗れ、3戦目のポルトガルには先制されたものの後半終了間際にPKで追いつき1-1と引き分けた。最終的に過去最高の勝ち点4を獲得したものの、ともに勝ち点5だったスペインとポルトガルに及ばずグループ3位で決勝トーナメント進出はならなかった。
AFCアジアカップ2019に出場したものの準決勝で日本に敗れ、6年に渡る対アジア39戦無敗という記録がついえた[2]。大会後にカルロス・ケイロス監督はイラン政府とイランサッカー連盟によるサポートがなく、カタールの援助なしでは合宿も準備も練習試合もできなかったであろう窮状に語気を強めた[3]。
成績
ワールドカップ
開催国 / 年 | 成績 | 試 | 勝 | 分 | 負 | 得 | 失 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1930 | 不参加 | ||||||
1934 | |||||||
1938 | |||||||
1950 | |||||||
1954 | |||||||
1958 | |||||||
1962 | |||||||
1966 | |||||||
1970 | |||||||
1974 | 予選敗退 | ||||||
1978 | グループステージ敗退 | 3 | 0 | 1 | 2 | 2 | 8 |
1982 | 参加辞退 | ||||||
1986 | 参加資格取消 | ||||||
1990 | 予選敗退 | ||||||
1994 | |||||||
1998 | グループステージ敗退 | 3 | 1 | 0 | 2 | 2 | 4 |
2002 | 予選敗退 | ||||||
2006 | グループステージ敗退 | 3 | 0 | 1 | 2 | 2 | 6 |
2010 | 予選敗退 | ||||||
2014 | グループステージ敗退 | 3 | 0 | 1 | 2 | 1 | 4 |
2018 | 3 | 1 | 1 | 1 | 2 | 2 | |
合計 | 出場5回 | 15 | 2 | 4 | 9 | 9 | 24 |
AFCアジアカップ
開催年 | 結果 | 試合 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | 得点 | 失点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1956 | 棄権 | - | - | - | - | - | - |
1960 | 予選敗退 | - | - | - | - | - | - |
1964 | 棄権 | - | - | - | - | - | - |
1968 | 優勝 | 4 | 4 | 0 | 0 | 11 | 2 |
1972 | 優勝 | 5 | 5 | 0 | 0 | 12 | 4 |
1976 | 優勝 | 4 | 4 | 0 | 0 | 13 | 0 |
1980 | 3位 | 6 | 3 | 2 | 1 | 16 | 6 |
1984 | 4位 | 6 | 2 | 4 | 0 | 8 | 3 |
1988 | 3位 | 6 | 2 | 2 | 2 | 3 | 4 |
1992 | グループステージ敗退 | 3 | 1 | 1 | 1 | 2 | 1 |
1996 | 3位 | 6 | 3 | 2 | 1 | 14 | 6 |
2000 | ベスト8 | 4 | 2 | 1 | 1 | 7 | 3 |
2004 | 3位 | 6 | 3 | 3 | 0 | 14 | 8 |
2007 | ベスト8 | 4 | 2 | 2 | 0 | 6 | 3 |
2011 | 4 | 3 | 0 | 1 | 6 | 2 | |
2015 | 4 | 3 | 1 | 0 | 7 | 3 | |
2019 | ベスト4 | 6 | 4 | 1 | 1 | 12 | 3 |
合計 | 14/17 | 68 | 41 | 19 | 8 | 131 | 48 |
アジア競技大会サッカー競技
開催年 | 結果 | 試合 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | 得点 | 失点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1951 | 準優勝 | 3 | 2 | 0 | 1 | 2 | 1 |
1954 | 不参加 | - | - | - | - | - | - |
1958 | グループステージ敗退 | 2 | 0 | 0 | 2 | 0 | 9 |
1962 | 不参加 | - | - | - | - | - | - |
1966 | 準優勝 | 7 | 4 | 0 | 3 | 9 | 6 |
1970 | グループステージ敗退 | 2 | 0 | 1 | 1 | 2 | 3 |
1974 | 優勝 | 7 | 7 | 0 | 0 | 20 | 1 |
1978 | 棄権 | - | - | - | - | - | - |
1982 | ベスト8 | 4 | 2 | 0 | 2 | 3 | 2 |
1986 | 5 | 3 | 1 | 1 | 13 | 2 | |
1990 | 優勝 | 5 | 4 | 1 | 0 | 7 | 1 |
1994 | グループステージ敗退 | 4 | 1 | 2 | 1 | 5 | 2 |
1998 | 優勝 | 8 | 7 | 0 | 1 | 25 | 7 |
合計 | 10/13 | 47 | 30 | 5 | 12 | 86 | 34 |
西アジア競技大会サッカー競技
開催年 | 結果 | 試合 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | 得点 | 失点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1997 | 優勝 | ? | ? | ? | ? | ? | ? |
2002 | 準優勝 | 4 | 1 | 3 | 0 | 5 | 4 |
2005 | 3位 | 4 | 3 | 1 | 0 | 10 | 2 |
合計 | 3/3 | 8 | 4 | 4 | 0 | 15 | 6 |
ECOカップ
開催年 | 結果 | 試合 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | 得点 | 失点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1965 | 優勝 | 2 | 1 | 1 | 0 | 4 | 1 |
1967 | 準優勝 | 2 | 1 | 0 | 1 | 2 | 1 |
1969 | 2 | 1 | 0 | 1 | 4 | 6 | |
1970 | 優勝 | 2 | 1 | 1 | 0 | 8 | 1 |
1974 | 準優勝 | 2 | 1 | 0 | 1 | 2 | 2 |
1993 | 優勝 | 4 | 4 | 0 | 0 | 10 | 1 |
合計 | 6/6 | 14 | 9 | 2 | 3 | 30 | 12 |
西アジアサッカー選手権
開催年 | 結果 | 試合 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | 得点 | 失点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
2000 | 優勝 | 5 | 4 | 1 | 0 | 7 | 1 |
2002 | 3位 | 4 | 1 | 2 | 1 | 4 | 3 |
2004 | 優勝 | 4 | 4 | 0 | 0 | 17 | 3 |
2007 | 4 | 3 | 1 | 0 | 5 | 1 | |
2008 | 4 | 4 | 0 | 0 | 13 | 2 | |
2010 | 準優勝 | 4 | 2 | 1 | 1 | 8 | 5 |
合計 | 6/6 | 25 | 18 | 5 | 2 | 54 | 15 |
選手
GK
- アリレザ・ハギギ 2012-
- アリレザ・ベイランヴァンド 2015-
DF
- ショジャー・ハリルザデー 2012-
- モルテザ・プーラリガンジ 2015-
- ミラド・モハマディー 2015-
- マジード・ホセイニー 2018-
- サデグ・モハラミ 2018-
MF
- エフサン・ハジサフィ 2008-
- ヤアグーブ・キャリーミー 2013-
- アリレザ・ジャハンバフシュ 2013-
- ヴァヒド・アミリ 2017-
- メフディ・トラビ 2015-
- サイード・エザトラヒ 2015-
- サマン・ゴドス 2017-
FW
- カリム・アンサリファルド 2009-
- レザ・グーチャンネジャード 2012-
- メフディー・シャリーフィー 2014-
- サルダル・アズムン 2014-
- メフディ・タレミ 2015-
歴代代表選手
- ホマユーン・ベフザディ
- モハンマド・ノスラティー
- アンドラニク・エスカンダリアン
- ホセイン・カエビ
- ラフマン・レザイー
- アリ・カリミ
- ジャバド・ネクナム
- フェリードゥーン・ザンディー
- カリム・バゲリ
- メフディ・マハダヴィキア
- コダダド・アジジ
- ジャバド・カゼミヤン
- アリ・ダエイ
- ヴァヒド・ハシェミアン
- アラシュ・ボルハニ
- ヤフヤ・ゴルモハマディー
- ジャラール・ホセイニー
- マスード・ショジャエイ
- アンドラニク・テイムリアン
- アシュカン・デジャガ
歴代監督
- イーゴリ・ネット (1970-1971)
- モハンマド・マーエリーコハン (1995-97,2009.4)
- ヴァルデイル・バドゥ・ヴィエイラ (1997)
- ジャラール・ターレビー (1998,2000)
- トミスラフ・イヴィッチ (1998)
- ミロスラブ・ブラジェビッチ (2000-01)
- ホマーユーン・シャーフロヒー (2003)
- ブランコ・イバンコビッチ(2001-02,2003-06)
- エミール・ガレノイ (2006-2007)
- ハビエル・クレメンテ (2008)
- アリ・ダエイ(2008-2009)
- アフシン・ゴトビ (2009.4-2011.1)
- カルロス・ケイロス (2011.4-2019.1)
- マルク・ヴィルモッツ (2019.6-2020)
- ドラガン・スコチッチ (2020-)
脚注
- ^ “ナイキ、イランに靴提供中止=米政府の制裁措置で-サッカーW杯”. 時事ドットコムニュース. 2018年6月14日閲覧。
- ^ “森保Jがイランの無敗記録ストップ! 対アジア勢40試合ぶりの黒星/アジア杯”. SANSPO.COM(サンスポ). サンケイスポーツ (2019年1月29日). 2019年2月9日閲覧。
- ^ “「とんでもない大ウソつきだ!」柴崎を引っぱたいたアズムンがイラン連盟に怒り心頭!”. www.soccerdigestweb.com. サッカーダイジェスト. 2019年2月9日閲覧。 “ケイロス氏「カタール協会が助けてくれなければ、我々にはなにもなかった。大会前の合宿も、準備も、練習試合もなかっただろう。カタールがすべて払ってくれたんだ。かたや、イランはなにも与えてくれなかった。まったくのゼロだ!」”