[go: nahoru, domu]

コンテンツにスキップ

「モート」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
→‎関連書籍: 内部リンクを修正
 
(14人の利用者による、間の16版が非表示)
1行目: 1行目:
{{Otheruses|神話に登場するモート|無線センサネットのモート(MOTE)|センサネットワーク|アニメに登場するモート|ザ・ペンギンズ from マダガスカル}}
{{Otheruses|ウガリット神話に登場する|他|モート (曖昧さ回避)}}
'''モート''' (mt<ref name="谷川1998p29">[[#谷川訳 1998|谷川訳 1998]], p. 29.</ref> ['''môtu''']) は、[[ウガリット神話]]に登場する死と乾季の[[神]]。その名は[[セム語]]で「死」を意味する<ref name="谷川1998p29" /><ref name="高井2013p539">[[#高井 2013|高井 2013]], p. 539.</ref>。


最高神[[エール (神)|イル]]と女神[[アーシラト]]の息子<ref name="高井2013p539" />。豊穣神[[バアル]]の兄弟にして敵対者でもある<ref name="図説古代オリエント事典 大英博物館版p506">『[[#図説古代オリエント事典 大英博物館版|図説古代オリエント事典 大英博物館版]]』, p. 506.</ref>。
'''モート''' ('''mt''' ['''m&ocirc;tu'''])は、[[ウガリット神話]]に登場する炎と死と乾季の神。その名は文字通り『死』を意味する。


== 神話 ==
豊穣神[[バアル]]の兄弟にして敵対者でもある。地下世界を統べるモートとの対決を決意したバアルは、自身が神々の王である旨を宣言する使者をモートに送った。だが、バアルの宮殿で行われた祝宴で、恥をかかされたと思った彼はバアル自身が会いに来るよう要求し、冥界に帰った。モートは冥界に来たバアルと彼の身代わりとなるその息子、バアルの娘達を殺害する。モートとバアルの戦いは7年周期で終わりがないともいわれ、雨季と乾季の入れ代わり、季節の移り変わりを象徴したものとされる。
地下世界を統べるモートとの対決を決意したバアルは、自身が神々の王となった祝宴に招待する使者をモートに送った。だが、バアルの宮殿で行われた祝宴では自分が欲している人間の肉ではなく料理と葡萄酒が供されると知った彼は怒り、バアル自身が会いに来るよう要求した。バアルはモートに従う旨を伝え、モートの元に降りていく。その前にバアルは、太陽神[[シャプシュ]]の助言を受け入れてひそかに牝[[ウシ|牛]]との間に息子をもうけていた。モートは冥界に来たバアルを、身代わりと知らずに飲み込んで殺害する<ref>[[#柴山訳 1978|柴山訳 1978]], pp. 297-301.</ref><ref>[[#谷川訳 1998|谷川訳 1998]], pp. 85-96.</ref>。


の肉体は冥界そのものであり、その天から地までを覆う冥府の門であり、全ての生き物はその口を逃れられない。さらに神であるバアルでさえには常には勝てず、乾期の間は中で屈辱に耐えるという。
モートの肉体は冥界そのものであり、そのは冥府の門であり、全ての生き物はその口を逃れられない<ref>[[#高井 2013|高井 2013]], pp. 539-540.</ref>。さらに神であるバアルでさえモートを永久消滅させることでき<ref>[[#谷川訳 1998|谷川訳 1998]], p. 149.</ref>バアルがモートに飲み込まれている間は自然界へ恵み一切が絶たれるという<ref>[[#柴山訳 1978|柴山訳 1978]], p. 299.(訳注100)</ref>


モートは、バアルを探し求めていた[[アナト]]から彼の身柄を返すよう求められると、バアルを飲み込んだことを話した。怒ったアナトはモートを殺害し、その体を切り刻み、すり潰し、燃やし、ふるいにかけて地に撒いた<ref>[[#柴山訳 1978|柴山訳 1978]], p. 303.</ref><ref>[[#谷川訳 1998|谷川訳 1998]], pp. 99-101.</ref>。このアナトの行為は、農作業での習慣を反映したものだとも、破壊を意図した魔術的な行為だとも考えられている<ref name="図説古代オリエント事典 大英博物館版p506" />。
一旦はバアルの敵を討とうとする[[アナト]]に殺害されるが、後にバアル共々復活する。復活したバアルはモートの仲間達と戦った。モートはバアルに和平案として自分が人類を死に追いやるのをやめる代わりにバアルの兄弟を1人寄越すことを要求したが、バアルは拒絶した。そして2人は再び争うが、モートは争いは無益であるという太陽神[[シャプシュ]]の警告を受け、バアルが神々の王であることを認めた。


その後バアルが復活したが、7年後にはモートも復活する。復活したモートは再びバアルと戦った<ref>[[#柴山訳 1978|柴山訳 1978]], pp. 304-305.</ref><ref>[[#谷川訳 1998|谷川訳 1998]], pp. 103-105.</ref>。このモートとバアルの戦いは雨季と乾季の入れ代わり、自然界や農業の周期を象徴したものとされる<ref name="高井2013p539" />。また、モートの復活が7年目とされるのは、畑地を7年ごとに休耕させて翌年の豊作を期待した儀式の反映だとも考えられている<ref>[[#グレイ, 森訳 1993|グレイ, 森訳 1993]], p. 234.</ref>。
== 関連項目 ==


争いのさなか、モートはバアルに、その兄弟を1人寄越さねば人類を食い尽くすと言って脅した<ref>[[#谷川訳 1998|谷川訳 1998]], pp. 104, 151.</ref>。バアルは「モートの子供たち」を送ったため、モートは再びバアルに挑んだ<ref name="図説古代オリエント事典 大英博物館版p506" />。2人が争っているところに太陽神[[シャプシュ]]が現れ、モートに争いをやめるよう訴えた。モートはこの取りなしを受け入れ、バアルが神々の王であることを認めた<ref>[[#柴山訳 1978|柴山訳 1978]], pp. 305-306.</ref><ref>[[#谷川訳 1998|谷川訳 1998]], pp. 104-106.</ref>。


== 信仰 ==
{{DEFAULTSORT:もと}}
モートに対する礼拝や祭儀についてはほとんど知られていない<ref name="図説古代オリエント事典 大英博物館版p506" />。

[[ビュブロスのフィロン|ビブロスのフィロ(ビュブロスのフィロン)]]が[[1世紀]]に残した記録によれば、[[フェニキア]]で信仰されていた神'''ムト'''は、[[ローマ神話]]の冥界の神[[プルートー]]と同一視されていたという<ref name="図説古代オリエント事典 大英博物館版p506" />。

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{reflist|2}}

== 参考文献 ==
=== 一次資料 ===
* {{Cite book|和書 |author=柴山栄訳 |chapter=ウガリット(バアールとアナト) |title=古代オリエント集 |editor=[[杉勇]]、[[三笠宮崇仁親王|三笠宮崇仁]]編、[[筑摩書房]]〈筑摩世界文学大系 1〉 |date=1978-04 |pages=pp. 275-326 |isbn=978-4-480-20601-5 |ref=柴山訳 1978 }}
* {{Cite book|和書 |others=谷川政美訳 |title=ウガリトの神話 バアルの物語 - 音写資料からの翻訳と解説並びに旧約聖書への影響とその歴史的背景 |publisher=[[新風舎]] |date=1998-09 |isbn=978-4-7974-0327-5 |ref=谷川訳 1998 }}<!--2011年3月23日 (水) 09:21 (UTC)-->

=== 二次資料 ===
<!--この節には、記事本文の編集時に実際に参考にした書籍等のみを記載して下さい。
書籍の宣伝目的の掲載はおやめ下さい。-->
* {{Cite book|和書 |last=グレイ |first=ジョン |title=オリエント神話 |others=[[森雅子 (神話学者)|森雅子]]訳 |publisher=[[青土社]] |series=シリーズ 世界の神話 |date=1993-09 |isbn=978-4-7917-5259-1 |ref=グレイ, 森訳 1993 }}

* {{Cite book|和書 |author=高井啓介 |chapter=モート |title=神の文化史事典 |editor=[[松村一男]]他編 |publisher=[[白水社]] |date=2013-02 |pages=pp. 539-540 |isbn=978-4-560-08265-2 |ref=高井 2013 }}
* {{Cite book |和書 |author=ビエンコウスキ, ピョートル<!--:en:Piotr Ignacy Bieńkowskiとは別人か-->、[[:en:Alan Millard|ミラード, アラン]]編著 |others=[[池田裕]]・山田重郎訳監修、[[池田潤 (ヘブライ語学者)|池田潤]]・[[山田恵子 (文学者)|山田恵子]]・山田雅道訳 |title=図説古代オリエント事典 大英博物館版 |publisher=[[東洋書林]] |date=2004-07 |isbn=978-4-88721-639-6 |chapter=モート |pages=pp. 506-507 |ref=図説古代オリエント事典 大英博物館版 }}

== 関連書籍 ==
<!--この節には、記事の編集時に参考にしていないがさらなる理解に役立つ書籍などを記載して下さい。
書籍の宣伝はおやめ下さい。-->
* [[:en:Theodor Gaster|ガスター, Th. H.]] 『世界最古の物語』 [[矢島文夫]]訳、[[みすず書房]]〈〈人間と文明の発見〉シリーズ〉、1958年12月(原著1952年)。
* 矢島文夫 『ヘブライの神話 創造と奇蹟の物語』 筑摩書房〈世界の神話 4〉、1982年12月。ISBN 978-4-480-32904-2。
* 「雨のかみさま」 『中近東の神話物語』〈母と子の世界むかし話シリーズ 18〉槙本ナナ子文、谷川彰他絵、矢島文夫解説、[[坪田譲治 (作家)|坪田譲治]]、[[村岡花子]]監修、研秀出版、1967年(絶版)

== 関連項目 ==
* [[ヤム (ウガリット神話の神)]]

{{Myth-stub}}
{{中東の神話}}
{{Normdaten}}
{{デフォルトソート:もおと}}
[[Category:カナン神話の神]]
[[Category:カナン神話の神]]
[[Category:火神]]
[[Category:死神]]
[[Category:死神]]
[[Category:ウガリット]]
[[Category:ウガリット]]

{{Myth-stub}}

2021年11月9日 (火) 07:01時点における最新版

モート (mt[1] [môtu]) は、ウガリット神話に登場する死と乾季の。その名はセム語で「死」を意味する[1][2]

最高神イルと女神アーシラトの息子[2]。豊穣神バアルの兄弟にして敵対者でもある[3]

神話

[編集]

地下世界を統べるモートとの対決を決意したバアルは、自身が神々の王となった祝宴に招待する使者をモートに送った。だが、バアルの宮殿で行われた祝宴では自分が欲している人間の肉ではなく料理と葡萄酒が供されると知った彼は怒り、バアル自身が会いに来るよう要求した。バアルはモートに従う旨を伝え、モートの元に降りていく。その前にバアルは、太陽神シャプシュの助言を受け入れてひそかに牝との間に息子をもうけていた。モートは冥界に来たバアルを、身代わりと知らずに飲み込んで殺害する[4][5]

モートの肉体は冥界そのものであり、その喉は冥府の門であり、全ての生き物はその口を逃れられない[6]。さらに神であるバアルでさえモートを永久に消滅させることはできず[7]、バアルがモートに飲み込まれている間は自然界への恵みの一切が絶たれるという[8]

モートは、バアルを探し求めていたアナトから彼の身柄を返すよう求められると、バアルを飲み込んだことを話した。怒ったアナトはモートを殺害し、その体を切り刻み、すり潰し、燃やし、ふるいにかけて地に撒いた[9][10]。このアナトの行為は、農作業での習慣を反映したものだとも、破壊を意図した魔術的な行為だとも考えられている[3]

その後バアルが復活したが、7年後にはモートも復活する。復活したモートは再びバアルと戦った[11][12]。このモートとバアルの戦いは雨季と乾季の入れ代わり、自然界や農業の周期を象徴したものとされる[2]。また、モートの復活が7年目とされるのは、畑地を7年ごとに休耕させて翌年の豊作を期待した儀式の反映だとも考えられている[13]

争いのさなか、モートはバアルに、その兄弟を1人寄越さねば人類を食い尽くすと言って脅した[14]。バアルは「モートの子供たち」を送ったため、モートは再びバアルに挑んだ[3]。2人が争っているところに太陽神シャプシュが現れ、モートに争いをやめるよう訴えた。モートはこの取りなしを受け入れ、バアルが神々の王であることを認めた[15][16]

信仰

[編集]

モートに対する礼拝や祭儀についてはほとんど知られていない[3]

ビブロスのフィロ(ビュブロスのフィロン)1世紀に残した記録によれば、フェニキアで信仰されていた神ムトは、ローマ神話の冥界の神プルートーと同一視されていたという[3]

脚注

[編集]
  1. ^ a b 谷川訳 1998, p. 29.
  2. ^ a b c 高井 2013, p. 539.
  3. ^ a b c d e 図説古代オリエント事典 大英博物館版』, p. 506.
  4. ^ 柴山訳 1978, pp. 297-301.
  5. ^ 谷川訳 1998, pp. 85-96.
  6. ^ 高井 2013, pp. 539-540.
  7. ^ 谷川訳 1998, p. 149.
  8. ^ 柴山訳 1978, p. 299.(訳注100)
  9. ^ 柴山訳 1978, p. 303.
  10. ^ 谷川訳 1998, pp. 99-101.
  11. ^ 柴山訳 1978, pp. 304-305.
  12. ^ 谷川訳 1998, pp. 103-105.
  13. ^ グレイ, 森訳 1993, p. 234.
  14. ^ 谷川訳 1998, pp. 104, 151.
  15. ^ 柴山訳 1978, pp. 305-306.
  16. ^ 谷川訳 1998, pp. 104-106.

参考文献

[編集]

一次資料

[編集]
  • 柴山栄訳 著「ウガリット(バアールとアナト)」、杉勇三笠宮崇仁編、筑摩書房〈筑摩世界文学大系 1〉 編『古代オリエント集』1978年4月、pp. 275-326頁。ISBN 978-4-480-20601-5 
  • 『ウガリトの神話 バアルの物語 - 音写資料からの翻訳と解説並びに旧約聖書への影響とその歴史的背景』谷川政美訳、新風舎、1998年9月。ISBN 978-4-7974-0327-5 

二次資料

[編集]

関連書籍

[編集]
  • ガスター, Th. H. 『世界最古の物語』 矢島文夫訳、みすず書房〈〈人間と文明の発見〉シリーズ〉、1958年12月(原著1952年)。
  • 矢島文夫 『ヘブライの神話 創造と奇蹟の物語』 筑摩書房〈世界の神話 4〉、1982年12月。ISBN 978-4-480-32904-2
  • 「雨のかみさま」 『中近東の神話物語』〈母と子の世界むかし話シリーズ 18〉槙本ナナ子文、谷川彰他絵、矢島文夫解説、坪田譲治村岡花子監修、研秀出版、1967年(絶版)

関連項目

[編集]