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'''花王ブリーチ'''(かおうぶりーち)とは、[[花王]]株式会社(本社 [[東京都]][[中央区 (東京都)|中央区]])が、販売していた、[[家庭]]用、塩素系[[漂白剤]]の商品名である。 |
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ボトルは漂白を意味する白色で、キャップは青色、ラベル上にはピンクの囲みに青の文字で'''花王'''の文字、中段から下にかけて、紺色のバックに'''ブリーチ'''の文字、そのブリーチの文字は、上半分が白、下半分がピンクだった、その右下に小さく、'''新漂白剤'''と書かれていた。また右下に青い[[楕円]]の中に、[[木綿]]・[[麻]]・[[テトロン]]用と書かれていて、用途的なものが簡単に下に書かれていた。 |
ボトルは漂白を意味する白色で、キャップは青色、ラベル上にはピンクの囲みに青の文字で'''花王'''の文字、中段から下にかけて、紺色のバックに'''ブリーチ'''の文字、そのブリーチの文字は、上半分が白、下半分がピンクだった、その右下に小さく、'''新漂白剤'''と書かれていた。また右下に青い[[楕円]]の中に、[[木綿]]・[[麻]]・[[テトロン]]用と書かれていて、用途的なものが簡単に下に書かれていた。 |
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発売とともに、積極的な宣伝広告に出て、また当時は競合品が出てなかったことから、売り上げがあった、しかし競合他社が次々と漂白剤を発売、さらに1966年6月[[ライオン油脂]] |
発売とともに、積極的な宣伝広告に出て、また当時は競合品が出てなかったことから、売り上げがあった、しかし競合他社が次々と漂白剤を発売、さらに1966年6月[[ライオン油脂]](現 ライオン株式会社)が、塩素系漂白剤[[ライオンブリーチ]]を発売し、花王側は製品改良の時期とほぼ一致し、また競合他社の類似品や差別化を図ることにし、1966年7月商品名を'''花王'''[[ハイター]]に変更した。但し初期は花王ブリーチの字も小さく書かれていて、花王の漂白剤であることを示していた。 |
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*[[ライオン]]との漂白剤の競争は最終的に花王に軍配が上がっている。 |
*[[ライオン (企業)|ライオン]]との漂白剤の競争は最終的に花王に軍配が上がっている。 |
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*現在家庭用には発売されてはいないが、業務用には一斗缶入り18kgで販売されている。 |
*現在家庭用には発売されてはいないが、業務用には一斗缶入り18kgで販売されている。 |
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*新発売時の広告は、新聞広告にも掲載、当時の[[讀賣新聞]]や[[朝日新聞]]などに掲載された。 |
*新発売時の広告は、新聞広告にも掲載、当時の[[讀賣新聞]]や[[朝日新聞]]などに掲載された。 |
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*新聞広告の内容は、笑顔で白の[[ブラウス]]を着用した、ショートヘアーの女性がモデルで、コピーは |
*新聞広告の内容は、笑顔で白の[[ブラウス]]を着用した、ショートヘアーの女性がモデルで、コピーは(しみが消えた!! 黄ばみも消えた!! いつでもどこでも '''白さがチガウ'''!!)だった。主婦向けの広告のため衣類の例は、肌着・シーツ・ブラウスの3つ。黄ばみや薄汚れ(黒ずみ)が消える事や、嫌な匂いも消えることも強調。洗剤と一緒に使えることもアピールした。 |
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==関連項目== |
==関連項目== |
2005年9月14日 (水) 07:06時点における版
花王ブリーチ(かおうぶりーち)とは、花王株式会社(本社 東京都中央区)が、販売していた、家庭用、塩素系漂白剤の商品名である。
概要
1960年代に、海外視察から帰国した、商品企画部の部長と研究部員の手により、商品化されたものである。
当時アメリカやヨーロッパでは、合成洗剤の普及と漂白剤の開発で、将来的に日本も、同様になると判断し、漂白剤の製品化を決意、1962年8月に商品化された。
この製品は、白物衣類で合成洗剤では落ちない、科学的に付着した染みや汚れに効果のある、仕上げ剤として開発された、また家庭用としての特徴として、当時の漂白は別に行い、またお湯を使うのが当然だったが、この漂白剤は洗剤と一緒に洗濯に使えることで、洗濯が楽になった。
また当時は、万能型漂白剤として、台所や掃除にも使えることをアピールした。
ボトルは漂白を意味する白色で、キャップは青色、ラベル上にはピンクの囲みに青の文字で花王の文字、中段から下にかけて、紺色のバックにブリーチの文字、そのブリーチの文字は、上半分が白、下半分がピンクだった、その右下に小さく、新漂白剤と書かれていた。また右下に青い楕円の中に、木綿・麻・テトロン用と書かれていて、用途的なものが簡単に下に書かれていた。
発売とともに、積極的な宣伝広告に出て、また当時は競合品が出てなかったことから、売り上げがあった、しかし競合他社が次々と漂白剤を発売、さらに1966年6月ライオン油脂(現 ライオン株式会社)が、塩素系漂白剤ライオンブリーチを発売し、花王側は製品改良の時期とほぼ一致し、また競合他社の類似品や差別化を図ることにし、1966年7月商品名を花王ハイターに変更した。但し初期は花王ブリーチの字も小さく書かれていて、花王の漂白剤であることを示していた。
メモ
- ライオンとの漂白剤の競争は最終的に花王に軍配が上がっている。
- 現在家庭用には発売されてはいないが、業務用には一斗缶入り18kgで販売されている。
- 新発売時の広告は、新聞広告にも掲載、当時の讀賣新聞や朝日新聞などに掲載された。
- 新聞広告の内容は、笑顔で白のブラウスを着用した、ショートヘアーの女性がモデルで、コピーは(しみが消えた!! 黄ばみも消えた!! いつでもどこでも 白さがチガウ!!)だった。主婦向けの広告のため衣類の例は、肌着・シーツ・ブラウスの3つ。黄ばみや薄汚れ(黒ずみ)が消える事や、嫌な匂いも消えることも強調。洗剤と一緒に使えることもアピールした。