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「静岡県立藤枝東高等学校」の版間の差分

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2013年10月22日 (火) 16:12時点における版

静岡県立藤枝東高等学校
藤枝東高校正門
過去の名称 静岡県立志太中学校
静岡県立志太高等学校
静岡県立藤枝高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 静岡県
学区 第7学区(志榛)
校訓 至誠一貫
設立年月日 1923年11月20日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
定時制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科(7学級)
学期 3学期制
高校コード 22141E
所在地 426-0019
静岡県藤枝市天王町一丁目7番1号
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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静岡県立藤枝東高等学校(しずおかけんりつ ふじえだひがしこうとうがっこう)は、静岡県藤枝市天王町一丁目に所在する県立高等学校

概要

1924年に静岡県立志太中学校として開校した公立高校。2年時より希望制の文理混合の特別選抜クラス(Sクラス)が設けられている。通称は「東高」(ひがしこう)。

文武両道を重んじており、志太榛原地区トップの進学校であると同時にスポーツ・部活動も盛んである。開校時にサッカーが校技として採用されたため(当時は多くの旧制中学校野球が校技であった)、サッカーの有名校が密集する静岡県中部地区の中でも特に有名であり、全国大会の出場数多数(全国優勝10回)。特に名将長池実監督に率いられた1960年代後半から1970年代前半は、同校サッカー部の全盛時代であり、国体インターハイ・選手権の全国三冠を含む8度の全国優勝を成し遂げた。また、1952年からは天皇杯全日本サッカー選手権大会を3度開催し(下記参照)、1957年静岡国体の際にサッカー会場となり、昭和天皇による天覧試合となった(校内にその当時の写真が全国優勝トロフィーとともに飾ってある)。

現在でも、高校入学時に男子生徒は全員サッカーシューズと柔道着を必ず購入しなければならない。年2回行われる球技大会はサッカーを中心として行われ、冬の名物であるマラソン大会では伝統的にサッカー部がこのスタートの合図を出すなど、「サッカーのまち藤枝」の端緒として未だにサッカーの色合いが強い校風である。2009年にはメイングラウンドが人工芝になった。校庭には1957年の国体の際に昭和天皇観戦のためにスタンドが設置され、現在でもOB以外にも地域住民がサッカー部の練習を観戦に訪れている。 サッカー部に関しては他に、藤枝東高校サッカー部OBによるスクール活動を母体に2002年に発足したNPO藤枝東FCジュニアユースがある。

なお、2000年4月に藤枝西高等学校が現校地に移転されたことにより、本校は藤枝西高等学校より西側に位置することとなった。

沿革

  • 1923年(大正12年)11月 - 文部省告示第449号を以って設立認可。
  • 1924年(大正13年)4月 - 静岡県立志太中学校として開校。
  • 1926年(大正15年)5月 - 校歌制定。
  • 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により静岡県立志太高等学校となる。
  • 1948年(昭和23年)9月 - 定時制課程が併設される。
  • 1949年(昭和24年)4月 - 県下高等学校再編に伴い、旧静岡県立藤枝高等学校(現静岡県立藤枝西高等学校)を合併して、静岡県立藤枝高等学校となる。それぞれが東教場と西教場となる。
  • 1952年(昭和27年)4月 - 静岡県立藤枝高等学校の東西教場を分割し、県立藤枝東高等学校及び県立藤枝西高等学校となる。
  • 1963年(昭和38年)4月 - 川根本町徳山(旧中川根町)に川根分校を設置。
  • 1966年(昭和41年)3月 - 川根分校が静岡県立川根高等学校として独立。
  • 2004年(平成16年)11月 - 創立80周年記念式典挙行。

部活動の実績(全国大会)

サッカー部(全国大会)

  • 1931年(昭和6年)7月 - 東京文理科大学主催全国中学校蹴球大会優勝
  • 1957年(昭和32年)12月 - 第12回国体サッカー優勝
  • 1963年(昭和38年)1月 - 第41回全国高校サッカー選手権大会優勝
  • 1964年(昭和39年)1月 - 第42回全国高校サッカー選手権大会優勝
  • 1966年(昭和41年) - 第1回インターハイ(サッカー)優勝
  • 1966年(昭和41年)10月 - 第21回国体サッカー優勝
  • 1967年(昭和42年)1月 - 第45回全国高校サッカー選手権大会優勝
  • 1971年(昭和46年)1月 - 第49回全国高校サッカー選手権大会優勝
  • 1971年(昭和46年)7月 - 第6回インターハイ(サッカー)優勝
  • 1973年(昭和48年)1月 - 第51回全国高校サッカー選手権大会準優勝
  • 1974年(昭和49年)1月 - 第52回全国高校サッカー選手権大会準優勝
  • 1985年(昭和60年)1月 - 第63回全国高校サッカー選手権大会3位
  • 1992年(平成4年)9月 - 第3回全日本ユースサッカー選手権大会優勝
  • 1998年(平成10年)1月 - 第76回全国高校サッカー選手権大会第3位
  • 1998年(平成10年)9月 - 第9回全日本ユースサッカー選手権大会優勝
  • 2001年(平成13年)8月 - 第36回インターハイ(サッカー)準優勝
  • 2008年(平成20年)1月 - 第86回全国高校サッカー選手権大会準優勝

その他の部(全国大会)

  • 2002年(平成14年)8月 - 全国高校総合文化祭郷土研究の部(歴史部)最優秀賞
  • 2004年(平成16年)8月 - インターハイ(登山)優勝
  • 2004年(平成16年)8月 - インターハイ(水泳男子1500m自由形)優勝
  • 2005年(平成17年) - インターハイ(登山)全国大会出場により県大会三連覇達成

著名な卒業生

サッカー選手
その他

周辺施設

関連項目

外部リンク

先代
宮城野サッカー場
宮城県
天皇杯全日本サッカー選手権大会
決勝戦会場

32
次代
西京極グランド
京都府
先代
国泰寺高校
広島県
天皇杯全日本サッカー選手権大会
決勝戦会場

38
次代
小石川運動場
東京都
先代
靱蹴球場
大阪府
天皇杯全日本サッカー選手権大会
決勝戦会場

41
次代
西京極競技場
(京都府)