ツークツワンク
ツークツワンク(Zugzwang)とは、主にチェスにおいて相手から直接の狙いはないにもかかわらず、自ら状況が悪化する手を指さざるを得ない状況のことを言う。言い換えると「可能ならパスしたい(しかしルールにより禁じられている)局面」である。「強制被動」と訳されることもある。
本来チェス用語であるが、後にゲーム理論の用語ともなった。ゲーム理論の用語としては、「自分が手番であることでゲーム結果が悪化する」場合のみを指す。チェスではさらに「自分が手番であることで負けが早くなる」場合も含むことも多い。その他、実際の戦争や経済闘争において「動きたくないが動かざるを得ない状況」を指して比喩的に使われることもある。
原義
編集基本
編集ツークツワンクを理解するには、まず「手番」つまり「現在白・黒どちらの番か?」という事を念頭に置かなければならない。また、「どんな局面でも先手の方が有利」という考えも改める必要がある。
チェスの局面の大多数を占めるのは、手番であることが有利な局面(下表のAタイプ)である。チェスは先にチェックメイトした側が勝ちなので、通常は「先手が不利」という状況は考えにくい。
ところが終盤戦では、BタイプやCタイプが発生する事がある。BとCを合わせて「ツークツワンク」と呼び、Cタイプを特に「相互ツークツワンク」と呼ぶ。中盤でのツークツワンクの例もある(後述)が、盤上に駒が多いと手待ちの可能性が増えるため、非常にまれなケースとなっている。
手番と状況 | チェス用語 [1] | |
---|---|---|
Aタイプ | 白黒双方とも、手番であることが有利になる | (特にない。チェスの局面のほとんどがこれ。) |
Bタイプ | 一方だけが、手番であることで不利になる(他方は手待ちができる) | ツークツワンク |
Cタイプ | 白黒双方とも、手番であることで不利になる(どちらも手待ちができない) | 相互(両)ツークツワンク |
一方だけのツークツワンク
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図1において黒番なら1...Kg8またはKh8とキングを動かすしかなく、2.Kxg6で基本的な白勝ちの形になる。ただし黒はもしパスできるなら負けない。つまり、黒はツークツワンクの状態になっている。
白番なら1.Kf7と手待ちをすることでほぼ同じ状況を保つことができ、やはり1...Kh8 2.Kxg6で白勝ち。白はツークツワンクではない。
相互ツークツワンク
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3 | 3 | ||||||||
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a | b | c | d | e | f | g | h | ||
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7 | 7 | ||||||||
6 | 6 | ||||||||
5 | 5 | ||||||||
4 | 4 | ||||||||
3 | 3 | ||||||||
2 | 2 | ||||||||
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a | b | c | d | e | f | g | h |
- 相互ツークツワンクとは、白黒ともに有効な手待ちがなく、ツークツワンクの状態になっていることを言う。英語では「reciprocal zugzwang」または「mutual zugzwang」と言う。
- 相互ツークツワンクでは、その局面の「手番」でゲームの結果(ドローも含む)が左右される。下記のようなポーン・エンディングで登場する事が多い。
下記以外にも変化手順はあるが、本稿はエンドゲーム(終盤戦)の解説ではない。ここではメインラインだけを紹介する。
- 相互2:
-
- 白番:
- 1.Kd5 Kd7 2.c5 Kc7 3.c6 Kc8! 4.Kd6 Kd8! ドロー
- 黒番:
- 1...Kd7 2.Kb6 Kc8 3.Kc6 Kd8 以下、4.c5でも4.Kb7でも白勝ち。
- 相互3:
-
- 白番:
- 1.Kf6 Kxe4 黒勝ち
- 黒番:
- 1...Ke3 2.Kxe5 白勝ち
中盤でのツークツワンク
編集中盤でのツークツワンクも、まったく存在しないわけではない。しかし非常に起こりにくく、また起こった場合は複雑な局面になる。下図は「Alexander Alekhine vs Aron Nimzowitsch, San Remo 1930」のゲームより。
a | b | c | d | e | f | g | h | ||
8 | 8 | ||||||||
7 | 7 | ||||||||
6 | 6 | ||||||||
5 | 5 | ||||||||
4 | 4 | ||||||||
3 | 3 | ||||||||
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1 | 1 | ||||||||
a | b | c | d | e | f | g | h |
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8 | 8 | ||||||||
7 | 7 | ||||||||
6 | 6 | ||||||||
5 | 5 | ||||||||
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2 | 2 | ||||||||
1 | 1 | ||||||||
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図2から、
1.Ba4! b5 2.Bxb5 Ke8 3.Ba4 Kd8 4.h4! (図3)
c6の黒ナイトに白の攻撃が集中。また、c7のルークもd7のクイーンも間接的に狙われている。それでも黒は必死に防御していた。しかし図3では、どの駒を黒が動かしても状況は悪化してしまう。最後の頼みはキングサイドのポーンだったが、それも封じられている。黒はここでリザインした。
さらにゆるやかな用法
編集以上のように、相手から直接の狙いがない(つまりパスが可能なら負けない)ことがツークツワンクの条件であるが、さらにゆるやかな用法として、相手に狙いがあっても、手番であることで負けが早くなる場合にも使われることがある。
注釈
編集- ^ Bタイプを「squeeze」、Cタイプだけを「zugzwang」と呼ぶ著者もいる。
関連項目
編集参考文献
編集- 「Winning Chess Strategies」 Yasser Seirawan著 ISBN 1857443853
- Ward, Chris (1996), Endgame Play, Batsford, pp. 98–102, ISBN 978-0-7134-7920-1
- Kaufman, Larry (September 2009), “Middlegame Zugzwang and a Previously Unknown Bobby Fischer Game”, Chess Life 2009 (9): 35–37