八栄村
日本の千葉県東葛飾郡にあった村
八栄村(やさかえむら)は、千葉県東葛飾郡にかつて存在した村。現在の船橋市の中西部の地域にあたる。
やさかえむら 八栄村 | |
---|---|
廃止日 | 1937年4月1日 |
廃止理由 |
新設合併 船橋町、葛飾町、八栄村、法典村、塚田村 → 船橋市 |
現在の自治体 | 船橋市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 関東地方 |
都道府県 | 千葉県 |
郡 | 東葛飾郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 14.83 km2 |
総人口 |
4,294人 (1923年) |
隣接自治体 | 東葛飾郡船橋市、葛飾町、法典村、塚田村、鎌ケ谷村、千葉郡二宮町、豊富村 |
八栄村役場 | |
所在地 |
千葉県東葛飾郡八栄村大字南金杉614-723 (現・千葉県船橋市金杉2-5) |
座標 | 北緯35度43分51秒 東経140度00分07秒 / 北緯35.73083度 東経140.00203度座標: 北緯35度43分51秒 東経140度00分07秒 / 北緯35.73083度 東経140.00203度 |
ウィキプロジェクト |
概要
編集八栄村は、1889年(明治22年)に東夏見・西夏見・高根・金杉・七熊(現・東町)・米ヶ崎・二和・三咲の8ヶ村が合併して誕生した。村の名称である「八栄」の語源は、合併した「八」の村とめでたい「栄」を組み合わせたものからきている。1937年(昭和12年)、船橋市の設置により消滅した。役場は、金杉村に、駐在所は高根に設けられた。最寄駅は、船橋駅である。
本村の年表
編集- 1868年(慶応4年) 鎌ヶ谷宿から村域の金杉、夏見周辺にかけて市川・船橋戦争の戦場となる。
- 1869年(明治2年) 小金牧開墾によって二和・三咲集落が成立、金蔵寺の檀家となる。
- 1884年(明治17年) 高根小学校開校(現・船橋市立高根小学校)
- 1889年(明治22年) 東夏見・西夏見・高根・金杉・七熊、米ヶ崎・二和・三咲村の8ヶ村が合併して八栄村が誕生。
- 1900年(明治33年) 八栄第一尋常小学校の校長が校長室を現・高根小学校から現・八栄小学校に移転、村内で問題となる。
- 1905年(明治38年) 日露戦争の勃発により、出兵・村落内で壮行会を行う。
- 1912年(大正元年) 村落内を通過する船橋鉄道(船橋と柏間)の建設話が出るが、未成線に終わる。
- 1937年(昭和12年) 船橋市の新設に伴い八栄村が廃止される。
- 1939年(昭和14年) 内務省が昭和放水路を計画、旧村域で用地買収が行われるが、戦時による資金不足によって中断。
- 1940年(昭和15年) 隣組強化法によって部落会・隣組などが組織。
- 1944年(昭和19年) 夏見台に高射砲が建設されるが、爆撃により破壊される。
人口統計
編集この節の加筆が望まれています。 |
土地
編集土地利用
編集この節の加筆が望まれています。 |
年 | 田 | 畑 | 宅地 | 山林 | 原野 | 雑種地 | 塩田 | 合計 | 調査名 | 出典 |
1930年(昭和5年 | 田 | 畑 | 宅地 | 山林 | 原野 | 雑種地 | 塩田 | 合計 | 調査名 | 出典 |
地域
編集地理
編集- 河川
- 現在では、行政側の管理上の都合から小河川にも名称がつけられているが、元はそのような呼称はなく、そのまま海老川と総称されたり、本流以外の小河川は、小川(おがわ)と呼ばれる場合が多かった。
地域(合併村)の概説
編集本村の地域属性としては、南部と北部の大きく2つに分けられる。南部にある夏見・高根・金杉・七熊、米ヶ崎などの集落は古くは夏見御厨に属していた古村であり、意富比神社に対する信仰も厚く、海老川流域における地理形状などから見ても船橋町に近い。一方、北部の二和や三咲などの集落がある地域は、古くから馬牧として活用されていたため、もともとの集落は存在せず、明治期の開墾によって成立した新興村である。そのため、同じように近世に開墾によって成立した初富や習志野などの地域に近い。
人物
編集歴代村長
編集- 初代 小川萬次郎 明治22年-24
- 第2代 湯浅市太郎 明治24-27(金杉,惣右衛門家・ハナ)
- 第3代 石井良三郎 明治28-36(金杉,源左衛門家・カド)
- 第4代 米井實 明治36-39(金杉,庄左衛門家)
- 第5代 藤城啓 明治41-45 (高根)
- 第6代 湯浅丑松 明治45-(金杉,惣右衛門家・ハナ)
- 第?代 鈴木敬 ?〜昭和10年(金杉,紋右衛門家)
- 第?代 斎藤春次 ?〜昭和12年
村議会議員
編集著名な出身者
編集村内の主な組織
編集交通
編集鉄道
編集中心となる駅
- 一般鉄道
- 船橋鉄道:計画のみで未完
- 軍用鉄道-1945年廃線
- 鉄道第2連隊練習路線(千葉 - 津田沼 - 習志野原・松戸)
- 補足
二和村の住民が物資輸送のため、鉄道連隊の協力を得た事があった。
道路
編集- 補足
街道交通の主は、馬か徒歩、人力車、自転車(自動自転車も含む)が主で、物資輸送の場合は、荷馬車や牛車、大八車が使用された。
海路
編集町(村)内の主な施設・機関
編集村の施設
編集- 八栄村役場(金杉)
県の施設
編集- なし
国の施設
編集- 陸軍無線送信所跡(二和)
治安施設
編集- 船橋警察署
- 八栄村巡査駐在所(高根)
教育施設
編集- 八栄第一尋常小学校第一文教所(高根・金杉)1900年開校
- 八栄第一尋常小学校第二文教所(夏見・米ヶ崎)
- 八栄第二尋常小学校(三咲・二和)
宗教施設
編集観光
編集旧跡
編集旧八栄村内にある文化財
編集- 市の指定文化財
- 木造聖観世音菩薩立像(有彫)(夏見)
- 成瀬家文書(有古文書)(金杉)
- 南蛮胴鎧(金杉)
- 八十八ヶ箇所札所大絵馬(有民)(高根町)
- 高根町神明社の神楽HP(無民)(高根町)
産業
編集本村の多くは山林と農地のため、商工を本業とするものは少なく、一般に農業に従事している。
種別 | 戸数 | 出典 | 調査年 |
---|---|---|---|
農業本業 | 298戸 | 八栄村誌 | 大正7年 |
農業兼業 | 252戸 | ||
本業商業 | 13戸 | ||
兼業商業 | 31戸 | ||
工業本業 | 4戸 | ||
工業兼業 | 240戸 | ||
公務・自由本業 | 15戸 | ||
公務・兼業 | 18戸 |
産物
編集種別 | 産物名 | 出典 | 調査年 |
---|---|---|---|
農産物 | 米 | 八栄村誌 | 大正7年 |
麦 | |||
落花生 | |||
甘藷 | |||
甘藷苗 | |||
青芋 | |||
蘿蔔 | |||
その他 | 薪 | ||
鶏肉 | |||
鶏卵 | |||
切干大根 |
八栄村を舞台にした作品
編集この節の加筆が望まれています。 |
歌
編集- お滝参り(野崎参りの替歌)
絵画
編集民話
編集参考文献
編集- 船橋市史編さん委員会,『船橋市史 資料編五』,1984年発行
- 神尾武則,『船橋市史研究2-船橋市における行政区域の変遷』,1987年発行
- 河口洋一,『船橋市5千一人の群像-明治から平成 まちの歩みと人』,2005年初版
- 天下井恵,『金杉の歴史』,1983年
- 船橋郷土資料館,『中世の船橋〜掘る・読む・訪ねる〜』,2002年発行
- 船橋市史談会,『ふるさとの地名(改訂版)-船橋市の地名を探る-』,2002年
- 盛松舘多田屋本店,『千葉県改正新町村名便覧』,1892年