[go: nahoru, domu]

改軌

鉄道の軌間を変更すること

改軌(かいき)とは、鉄道における線路レールの間隔(軌間)を変更することをいう。また、鉄道車両の対応する軌間を変更する改造のことを指す場合もある。

ここでは前者について記述する。

改軌の目的

編集

改軌を行う目的としては以下のようなものがある。

  • 車両の大型化や高速化(軌間を広げる場合)。
  • 新路線作成のコスト削減が既存路線改軌のコストと差し引いてプラスになると考えられる場合(軌間を狭める場合)。
  • 軌間の異なる路線との直通運転、もしくは直通しなくても異なる軌間の車両を持ってきて走行させるため[1]

複数の目的が含まれることもある。

2番目の例は極めて希だが、1870年のニュージーランドの例がある(5ft3in→3ft6inに改軌など[2])。一般的には、車両の大型化、高速化が目的であるため、広範囲の狭軌に合わせる場合を除き、ほとんどの場合が軌間を拡大する工事となる。この場合、ただレールの間隔を広げればよいというものではなく、道床の肉厚を増して堅固なものにすることや、スラブ軌道の採用、重量増に耐えられるような橋梁等の改築、トンネル断面の拡大などが必要になる。高速化が目的の場合、複線化が併せて実施されることもある。これらの工事が困難であれば、部分的に従来の線路を放棄し、別の場所に新しい線路を敷設することもある。また車両の側も改造を施さなくてはならず、従来に代わる新しい車両を製造する場合もある。このため、改軌には長い準備と多額の費用を要するので、用地費がそれほどかからないものの、ほとんど新設路線並みの工事となる。列車を運休しなければならない場合もあり、その際は運休中の代行輸送の手配も必要となる。

日本では、列車の運行頻度が少なく車両も少なかった戦前には改軌は頻繁に実施された。特に軽便鉄道が、輸送力と速度の向上を図るために実施したケースが多い。しかし、それらの条件が変化した戦後には実施は少なくなり、特に1971年以降はミニ新幹線の運行に伴うケースおよび三線軌条だった区間から1本の線路を除去したケースを除いて行われていない。

改軌の工法

編集
人力法
軌きょう撤去、道床整理、軌きょう組立を人力中心で行う従来の方法。1日約300人の作業員で100mの施工が限界である[3]
軌きょう縦送り法
軌きょう縦送り台車を用いた人力法の機械化工法。1日60人から70人の作業員で100m施工でき、人力より大幅に省力化が図られた。山形新幹線のために開発され採用[3]
枕木交換法
レールから枕木を外し、バックホーを用いて枕木を交換、レールを固定する方法。1日7人の作業員で30 - 40mの施工速度である[3]。山形新幹線ではグリッパー付きバックホーを用いていたが、秋田新幹線の改軌の際、回転式バックホーを採用することでさらなる効率化が図られた。ホームなどの支障で軌道連続更新機が使用できない箇所で採用されている[4]
軌道連続更新機法
軌道連続更新機を用いた機械化工法。1日19人の作業員で400 - 600m施工が可能。日本においては米国フェアモント・タンパー社の「PONY(ポニー)」をモデルに日本向けの仕様に製作した「ビッグワンダー」が秋田新幹線および山形新幹線の山形駅 - 新庄駅間の改軌で使用された[3][5]。自動的かつ連続的に枕木を交換することで改軌を行う。営業中の線路の近くであっても安全に作業を行える[4]
ミニテックス法
ミニ枕木交換機、タイハンドラー(バックホー)、枕木交換機(タイエックスチェンジャー)等の機械群を編成して旧枕木撤去から新枕木挿入まで連続して行える。1日270m程度の施工ができる[6]

日本での改軌の例

編集

現在の鉄道運営主体、鉄道路線名、駅名で記載(廃止になった線区については、廃止時点での名称で記載)。従来の軌間を残して三線軌条となり、そのまま(営業廃止まで)変化がなかった区間は含まない。

軌間600mmから軌間1067mmに改軌した例

編集

軌間610mmから軌間1067mmに改軌した例

編集
  • 川上線 1922年(大正11年)10月1日までに実施。

軌間762mmから軌間1067mmに改軌した例

編集

軌間762mmから軌間1435mmに改軌した例

編集

軌間838mmから軌間1067mmに改軌した例

編集

軌間914mmから軌間1067mmに改軌した例

編集
  • 熊本電気鉄道藤崎線上熊本駅 - 室園駅)1923年(大正12年)8月2日実施。同時に電化。※後述の通り、途中までの区間は、のちに事業者を変更して1435mm軌間に再度改軌された。
  • 熊本電気鉄道菊池線(室園駅 - 隈府駅)1923年(大正12年)8月31日実施。同時に電化。

軌間914mmから軌間1435mmに改軌した例

編集
  • 西鉄福岡市内線(貫線)(今川橋駅 - 姪の浜駅間)1922年(大正11年)7月26日実施。同時に電化。914mmで残った姪の浜駅以西( - 加布里駅)と貨車を直通させるため、この区間が廃止となった1928年(昭和3年)6月1日までは三線軌条となっていた。

軌間1067mmから軌間1372mmに改軌した例

編集

軌間1067mmから軌間1435mmに改軌した例

編集

ミニ新幹線については該当路線(奥羽本線田沢湖線)の項目を参照。

軌間1372mmから軌間1067mmに改軌した例

編集

軌間1372mmから軌間1435mmに改軌した例

編集

軌間1435mmから軌間1067mmに改軌した例

編集

軌間1435mmから軌間1372mmに改軌した例

編集
  • 京浜電気鉄道(全線) 1904年(明治37年)3月1日実施。この区間は1933年(昭和8年)4月1日に再び軌間1435mmに改軌されている。

イギリスでの改軌の例

編集

イギリスでは早くも1840年代に軌間1435mmと軌間2140mmの鉄道がそれぞれ直通できないという問題が発生し、1846年に「鉄道のゲージ規制に関する法律」が定められ鉄道網が長く[9]、足回り断面も小さくて済む1435mm軌間を「標準」とした(既存路線は異軌間も認められたのですぐに改軌はされなかった。)[10]

軌間2140mmから軌間1435mmに改軌した例

編集

ニュージーランドでの改軌の例

編集

ニュージーランドは1870年に中央政府が法律で軌間を3ft6in(1067mm)に限り、それまで敷かれていた国内の路線をすべて改軌している。

軌間1600mmから軌間1067mmに改軌した例

編集

軌間1435mmから軌間1067mmに改軌した例

編集

台湾での改軌の例

編集

軌間762mmから軌間1067mmに改軌した例

編集

ロシアでの改軌の例

編集
 
改軌工事中のサハリンの鉄道

軌間1067mmから軌間1520mmに改軌した例

編集
  • サハリンの鉄道全線 2003年 - 2019年。かつての樺太庁鉄道。日本時代に600mmから1067mmに改軌された路線もあるため、二度目の改軌になる。

パナマでの改軌の例

編集

軌間1524mmから軌間1435mmに改軌した例

編集

グアテマラでの改軌の例

編集

軌間914mmから軌間1435mmに改軌した例

編集

脚注

編集
  1. ^ 日露戦争中に日本軍が満州の戦線でロシアの5ft軌間を日本で車両の調達可能な3ft6inに改軌した例など。(齋藤2007)p.220「第10章 日本の蒸気機関車」
  2. ^ (齋藤2007)p.146「第7章 狭軌鉄道の誕生」
  3. ^ a b c d ミニ新幹線誕生物語 p71-88
  4. ^ a b 軌道工事の機械化に関する技術開発 東日本旅客鉄道東北工事事務所 平成7年度土木学会東北支部技術研究発表会
  5. ^ 軌道連続更新機による改軌工事 東日本旅客鉄道東北工事事務所 土木学会第50回年次技術講演会 1995年
  6. ^ ミニ新幹線誕生物語 p93-95
  7. ^ 新旧線の切替地点で駅ではない。
  8. ^ 「湯ノ山線改軌」『鉄道ピクトリアル』第157号、電気車研究会、1964年5月、86頁。 
  9. ^ 1845年時点で1435mm軌間は1901マイル、2140mm軌間は274マイルの路線が存在。
  10. ^ (齋藤2007)p.69-70「第5章 シングルドライバー」
  11. ^ (齋藤2007)p.74「第5章 シングルドライバー」

参考文献

編集
  • 「傾ける海」(井上靖、1966年 角川文庫) - この短編小説に近鉄名古屋線の改軌が取り上げられている。
  • 齋藤晃「蒸気機関車200年史」、NTT出版、2007年、ISBN 978-4-7571-4151-3 
  • ミニ新幹線誕生物語 ミニ新幹線執筆グループ 成山堂書店 2003年

関連項目

編集