上高地
上高地(かみこうち)は、長野県西部の飛騨山脈南部の梓川上流の景勝地。中部山岳国立公園の一部ともなっており、国の文化財(特別名勝・特別天然記念物)に指定されている。標高約1,500m。全域が松本市に属する。「かみこうち」の名称は本来「神垣内」の漢字表記だが、後に現在の「上高地」の漢字表記が一般的となった。「神垣内」とは穂高神社の祭神・「穂高見命」(ほたかみのみこと)が穂高岳に降臨し、この地(穂高神社奥宮と明神池)で祀られていることに由来する。
概要
上高地は、飛騨山脈(北アルプス)の谷間(梓川)にある大正池から横尾までの前後約10km、幅最大約1kmの堆積平野である。かつて岐阜県側に流れていた梓川が焼岳火山群の白谷山の噴火活動によってせき止められ池が生じ、そこに土砂が堆積して生まれたと考えられている。狭義にはこの平野のうち、観光名所として知られる河童橋の周辺だけを指す場合もある。この高度で、これほどの広さの平坦地は日本では他に例が少ない。
気候的に山地帯(落葉広葉樹林帯)と亜高山帯針葉樹林の境界線付近の高度に位置しているため、ブナ・ミズナラ・シナノキ・ウラジロモミ・シラビソ・トウヒなど、両者の森林の要素が混在し、更にヤナギ類やカラマツを中心とする河川林や湿原が広がるなど、豊かな植生で知られている。最終氷期(ウルム氷期)には、上高地の上部に位置する槍沢と涸沢には山岳氷河が発達し、もっとも拡大した時期には氷河末端が上高地最深部の横尾にまで達していたと考えられている。最終氷期から1万年以上経過した現在も氷河によって形成されたカール地形が残っている。気候は亜寒帯湿潤気候(一部地域はツンドラ気候)である。1月の平均気温は-7.7℃、最低気温は-30℃を下回り非常に寒さが厳しく日中の最高気温でも-20℃を下回ることがある。一方、8月の平均気温は19.7℃で日中でも22℃ほどにしかならず夏季はかなり涼しい。一部で最暖月の平均気温が10℃に到達せずツンドラ気候となっている地域がある。
人間史
- 17世紀 - 古来より「神河内徳郷(かみこうちとくごう)」と呼ばれていた上高地の明神地区に、樹木伐採のため松本藩の役人小屋が作られる。(後の明神館。)
- 1828年(文政11年) - 越中の僧侶播隆(ばんりゅう)が槍ヶ岳に登り、仏像を安置する。
- 1885年(明治18年) - 上高地牧場開設。
- 1896年(明治29年) - ウォルター・ウェストンが日本アルプスをイギリスに紹介。
- 1910年(明治43年) - 河童橋を、丸太の跳ね橋から吊り橋に変更。
- 1915年(大正4年) - 焼岳の噴火で梓川が堰き止められ、大正池が形成される。
- 1924年(大正13年) - 手掘り工事により旧釜トンネル開通。
- 1926年(昭和2年) - 中ノ湯まで車道開通。
- 1927年(昭和3年)
- 1928年(昭和4年) - 国の名勝および天然記念物に指定される。中ノ湯まで乗合バス運行。
- 1933年(昭和8年) - 乗合バスを大正池まで延長。帝国ホテル開業。
- 1934年(昭和9年) - 中部山岳国立公園に指定される。上高地牧場閉鎖。
- 1935年(昭和10年) - 乗合バスを河童橋まで延長。徳沢牧場閉鎖。
- 1937年(昭和12年) - ウェストン碑を建立。
- 1947年(昭和22年) - 第1回ウェストン祭 - 以後毎年6月第1日曜の前日〜翌日に開催。
- 1949年(昭和24年) - 「上高地の主」と呼ばれた内野常次郎が死去。
- 1954年(昭和29年)1月20日 - 県道松本槍ケ岳線の一部を主要地方道上高地公園線に指定[1]。
- 1952年(昭和27年) - 国の特別名勝および特別天然記念物に指定される。
- 1965年(昭和40年)7月13日 - 集中豪雨により国道などが寸断。上高地に入っていた登山者ら約400人が孤立[2]。3日後、一部が徒歩で下山[3]。
- 1975年(昭和50年) - 7〜8月のマイカー規制開始。
- 1977年(昭和52年) - 大正池に堆積した土砂の浚渫(しゅんせつ)を開始。
- 1996年(平成8年) - 通年のマイカー規制開始。
- 1997年(平成9年) - 安房トンネル開通。
- 1999年(平成11年)9月15日 - 県道の釜トンネル上高地側出口付近で土砂災害によりスノーシェッドが崩落。通行止となり約1300人が孤立[4]。
- 2003年(平成15年) - 観光センターオープン(以降上高地のバスターミナル)[5]。
- 2004年(平成16年) - 7〜8月(当時。2016年は7〜10月の25日間)の観光バス規制開始。
- 2005年(平成17年) - 新釜トンネル開通。
- 2007年(平成19年) - 日本の地質百選に「上高地と滝谷花崗岩」として選出される。
- 2010年(平成22年)6月28日 - 安房峠道路の無料化社会実検開始(約1年間)。
- 2011年(平成23年)4月27日 - 上高地開山祭が開催され、映画『岳-ガク-』主演の小栗旬と長澤まさみが特別ゲストとして参加[6]。
- 2016年(平成28年)7月19日 - 県道上高地公園線に上高地トンネル開通[7]。
- 2020年(令和2年)
- 4月22日 - 同日以降、長野・岐阜県境周辺を震源とする地震が頻発。雪崩や土砂崩落等が発生したものの人的被害なし[8]。
- 5月16日 - 2019新型コロナウイルス感染拡大のため、運休を続けてきた路線バスが再開。タクシー、ホテル、旅館、山小屋の営業自粛が解除[9][10]。
- 7月8日 - 集中豪雨により国道が寸断。上高地に入っていた観光客ら約300人が孤立[11]。
- 2022年(令和4年)4月27日 - 県道の法面が崩壊して通行が不能になり開山式が中止。前日からの宿泊客ら約750人が孤立[12]。
生息生物
梓川や大正池には渡りをしないマガモが住んでおり、ほとんどの個体は人を恐れない。ニホンザルも通年住んでおり、冬季は下北半島の北限ニホンザルよりも厳しい条件である当地で越冬する。
外来種
もともと、梓川や大正池にはイワナが優占種として生息していたが、1925年以降カワマス、ブラウントラウトが放流された。現在ではイワナとカワマス、ブラウントラウトの純粋種の他に、放流された3魚種の自然交雑種が生息し、イワナは優占種では無くなった[13]。ただし、自然交雑種のF1(雑種第1代)は雑種強勢の特長が現れるが、戻し交配を含むF2(雑種第2代)は雑種崩壊により生存性と繁殖力が極端に弱く、イワナ純粋種は存続すると見られている[14]。
上高地に生息するゲンジボタルが、人為的に持ち込まれた可能性が高いと、安曇野市が2010年12月11日に長野市で開いた研究会で民間の自然環境調査団体が発表した。ゲンジボタルは2000年ごろから梓川沿いの池で確認されるようになり、上高地の水温は年間通して10度以下で、ホタルの成育に適さないが、この池は温泉の影響で水温が高く、餌となるカワニナも生息しており、ホタルが増殖する条件が整っていた。遺伝子解析の結果、すべて西日本に生息するゲンジボタルが起源の遺伝子であった[15][16]。
環境省が2012年に行った外来植物に関する調査では、特定外来生物に指定されているオオハンゴンソウなど、55種の外来植物が確認された[17]。
植物
名所
- 梓川
- 穂高神社奥宮
- 明神池
- 明神橋
- 古池 - 池の底から絶えず空気とともに水が輪になって湧き出ている[18]。
- 岳沢湿原 - 初夏にはニッコウキスゲやレンゲツツジがみられる[18]。
- 小梨平
- 河童橋 - バスターミナルから河童橋までは徒歩5分ほどで到着[5]
- ウェストン碑、ウェストン園地
- 田代池、田代湿原
- 千丈沢
- 大正池
-
梓川、背景は焼岳
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明神池
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明神橋
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岳沢湿原
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河童橋、背景は明神岳
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田代池、背景は六百山
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田代湿原
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千丈沢、背景は焼岳
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大正池
主な施設
情報発信施設
主な宿泊施設
- 上高地明神館、山のひだや、嘉門次小屋
- 五千尺ホテル上高地、THE PARKLODGE上高地(前・五千尺ロッヂ)
- 上高地ホテル白樺荘、上高地西糸屋山荘、上高地アルペンホテル
- 上高地ルミエスタホテル(旧・上高地清水屋ホテル)、上高地温泉ホテル
- 上高地帝国ホテル
- 大正池ホテル
- 中の湯温泉旅館
-
上高地帝国ホテル
温泉
周辺の主な山
山容 | 山名 | 標高 (m) |
三角点 等級 |
備考 |
---|---|---|---|---|
穂高岳 | 3,190 | 日本百名山 3,090m(一等三角点・前穂高岳) | ||
槍ヶ岳 | 3,180 | 日本百名山 | ||
焼岳 | 2,455 | 二等 | 日本百名山、活火山 | |
蝶ヶ岳 | 2,677 | 2,664m(三等三角点) | ||
常念岳 | 2,857 | 日本百名山 2,662m(一等三角点・前常念岳) | ||
霞沢岳 | 2,646 | 二等 | 日本二百名山 |
飛騨山脈(北アルプス)の主な山は、飛騨山脈を参照。
上高地からのルートでの徒歩での所要時間(成人男性での目安)は、焼岳へは登り3時間・下り2時間、西穂高岳へは登り5時間30分・下り3時間20分、岳沢(岳沢雪渓)へは登り2時間40分・下り1時間40分、徳本峠へは登り2時間・下り1時間30分である[18]。
交通・アクセス
道路は、松本市街や岐阜県高山市の方面に国道158号がある。なお、一部地図では通行可能に見える上高地乗鞍スーパー林道の白骨温泉 - 安房峠間は、2003年の雪崩に伴う橋梁等の流失により閉鎖されており通行できない。
かつて、岐阜県側からのルートは、国道158号安房峠を経た九十九折りの狭い峠道を大型観光バスが離合する難所であったため、行楽シーズンには大渋滞を引き起こし、また晩秋から春にかけては積雪のために冬季閉鎖されていた。1997年(平成9年)に安房峠道路(安房トンネル)が完成して交通難が解消されると同時に、高山側から中ノ湯への通年アクセスが可能になった。
公共交通機関
- 松本駅から
- 長野駅から
- 新宿駅から
- 東京駅から
- 渋谷駅・二子玉川駅から
- 大宮駅・川越駅から
- 名古屋駅から
- 大阪駅・京都駅から
マイカー利用
中ノ湯から上高地へ向かう長野県道24号上高地公園線は、通年でマイカー規制が行われているため、一般車は通行できない。一般車は、長野県側の沢渡(さわんど)駐車場か岐阜県側の平湯温泉に近いアカンダナ駐車場に車を止め、シャトルバスかタクシーを利用して上高地バスターミナルへ向かう。観光バスやマイクロバスは乗り入れ可能であるが、土曜・日曜を中心とした特定日(2016年は7〜10月の25日間)は、沢渡(さわんど、長野県側)か平湯(岐阜県側)でシャトルバスに乗換が必要となり[19][20]、路線バス、タクシー、自転車[21]、郵便物集配車両、緊急車両のみ通行可。上高地への入口には民間の警備員がおり、一般車両の誤進入に備えている。
交通事情・交通制限
照明と歩道を完備した新釜トンネル開通後は、下記記載の冬季閉鎖期間中含め、徒歩でも上高地に入ることが可能で、バスがない時期でも積雪期の上高地に徒歩で入る人が増えている。ただ、中の湯には一般向けの駐車場が存在しないため、中の湯までは、タクシー、松本-高山の路線バス、中の湯温泉旅館に宿泊して旅館の駐車場を利用、の、いずれかの方法が使われる。また、釜トンネル内は傾斜が10度以上の急勾配であるため、自転車や徒歩ではやや難しい。
- 冬期閉鎖
- 中ノ湯から上高地までの間(長野県道24号上高地公園線の釜トンネル手前から奥の区間)は冬季(例年11月16日から翌4月16日だが、積雪状況により前後する)閉鎖されている。(徒歩では入山可能)
- このため、上高地は日本郵便から交通困難地の指定を受けており、毎年の11月11日から翌4月26日までに地外から当地宛に郵便物を送付することは出来ない[22]。
- 夜間通行禁止
- 中ノ湯から上高地までの間(長野県道24号上高地公園線の釜トンネル手前から奥の区間)は、夜間緊急車両以外の通行が禁止されている。
脚注
- ^ 昭和29年建設省告示第16号
- ^ 「土砂くずれ、ダム状態」『日本経済新聞』昭和40年7月14日15面
- ^ 徒歩で下山の客も『朝日新聞』昭和45年(1970年)6月16日夕刊、3版、9面
- ^ “流域の主な災害”. 国土交通省松本砂防事務所. 2022年4月27日閲覧。
- ^ a b 登山ルート・山旅スポット. “上高地の人気スポットを巡る上高地街道・登山コース・難易度”. 山旅旅. 2020年10月8日閲覧。
- ^ “長澤まさみ「目指すはエベレスト」 上高地開山祭で堂々宣言”. オリコン (2011年4月28日). 2020年7月16日閲覧。
- ^ “夏山への誘い588メートル 上高地トンネル開通”. 信濃毎日新聞. (2016年7月20日)
- ^ “止まぬ地震...長野・岐阜県境で1ヵ月『約150回』 穂高連峰で雪崩も 気象台「数ヵ月続く恐れも」”. FNN (2020年5月22日). 2020年5月24日閲覧。
- ^ “観光客も登山者も姿なく 北アルプス玄関口の上高地”. 朝日新聞 (2020年5月1日). 2020年5月24日閲覧。
- ^ “新型コロナ 緊急事態解除後の上高地 観光再開、人影まばら 宿泊施設、多くが休業”. 毎日新聞 (2020年5月19日). 2020年5月24日閲覧。
- ^ “長野豪雨で孤立続く 上高地は観光客ら一時300人超”. 朝日新聞 (2020年7月9日). 2020年7月17日閲覧。
- ^ “上高地で宿泊客ら750人取り残される…県道で崩落、本日の「開山祭」中止”. 読売新聞オンライン (2022年4月27日). 2022年4月27日閲覧。
- ^ 井口恵一朗, 北野聡, 松原尚人「モルフォメトリーによるイワナ・カワマス間の種判別」『水産総合研究センター研究報告』第1号、水産総合研究センター、2001年12月、1-5頁、ISSN 13469894、NAID 40005638193。
- ^ 河村功一, 片山雅人, 三宅琢也, 大前吉広, 原田泰志, 加納義彦, 井口恵一朗「近縁外来種との交雑による在来種絶滅のメカニズム(<特集1>生物学的侵入の分子生態学)」『日本生態学会誌』第59巻第2号、日本生態学会暫定事務局、2009年、131-143頁、doi:10.18960/seitai.59.2_131、ISSN 0021-5007、NAID 110007340216。
- ^ "上高地にホタル移入か 規制区域で「生態系に影響」懸念" 中日新聞 CHUNICHI Web 2010年12月11日 23時11分版を閲覧
- ^ 日和佳政・大畑優紀子・草桶秀夫・井口豊・三石 暉弥(2010), 「遺伝子解析による移植されたゲンジボタルの移植元判別法 (PDF) 」『全国ホタル研究会誌』 43: 27-32.
- ^ 平成24年度中部山岳国立公園上高地地域外来植物分布調査結果等について、環境省長野自然環境事務所、2018年9月29日閲覧。
- ^ a b c “第39回(公社)日本口腔外科学会中部支部学術集会 オプショナルツアー 周辺情報”. 信州大学. 2020年9月2日閲覧。
- ^ 上高地マイカー規制 - アルプス観光協会
- ^ 上高地・乗鞍地区 - さわんど駐車場〜上高地シャトルバス - アルピコ交通
- ^ http://yamaiga.com/tunnel/kama/main1.html
- ^ “別冊(内国郵便約款第79条及び第97条関係) 交通困難地・速達取扱地域外一覧”. 日本郵便 (2022年2月21日). 2022年5月1日閲覧。
関連項目
- 中部山岳国立公園、飛騨山脈(北アルプス)
- 梓川、河童橋、大正池、焼岳、穂高岳
- ウォルター・ウェストン
- 上條嘉門次
- 木村殖
- 安曇村
- アルピコ交通 - シャトルバスとしてハイブリッドカーを導入
- 濃飛バス - シャトルバス運行
- アルピコ交通上高地線 - 新島々駅から乗り換え
- リゾート
- 日本国指定名勝の一覧、日本新八景、天然記念物
- 長野県道24号上高地公園線、釜トンネル
- 三菱電機 - かつて「上高地」というエアコンを発売していたことがある