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電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

小室等さんの好きな藤沢周平作品「山桜」を読む

2007年04月26日 06時07分42秒 | -藤沢周平
当地のNHK総合テレビで、ときどき著名人が好きな藤沢周平作品を取り上げて紹介する番組を放送します。6時30分過ぎの時間帯で、NHKの番組表で調べても出てこないところをみると、どうやらローカル放送のよう(*)ですが、4月25日(水)はなんと小室等さんが登場、すっかり白くなった頭と髭に驚き、思わず懐かしくなりました。紹介された作品は、新潮文庫『時雨みち』から「山桜」でした。

嫁ぎ先で夫に死なれた野江は、再嫁した家が一家を挙げて金貸しを通じ蓄財に狂奔していることも、出戻りの自分を軽んじる空気にも、どうしてもなじめません。墓参りの途中、山桜に手を伸ばし、手折ろうとして届かないとき、後ろから声をかけられます。それは、再婚相手として一時縁談のあった手塚弥一郎でした。去水流の剣の達人と言う触れ込みについ粗暴な男を連想し、断ったのでしたが、初めて声を交わした手塚は、穏やかな目をした長身の武士だったのです。

ずっと独り身で、自分のことを気遣ってくれる人がいることに心を動かされ、また離縁されることをあの方は喜ばないだろうと考えて、野江はもう一度夫とやり直すよう努力してみようと決心します。しかし、その年の暮れに、手塚弥一郎は藩の名家をかさにきて横暴にも一部の富農を富ますだけの政策をごりおしする諏訪平右衛門を城中で刺殺し、獄舎に拘束されます。夫から離縁された野江は、翌春、山桜の枝を抱いて手塚のいない家を訪ねます。誰も訪ねる人もいないその家では、思いがけず上品な弥一郎の母が、野江を心から優しく迎えるのです。

挨拶より先に、その花をいただきましょう、しおれるといけませんから、と弥一郎の母は言い、野江の手から桜の枝を受け取ると、また上がってくれとすすめた。
履物を脱ぎかけて、野江は不意に式台に手をかけると土間にうずくまった。ほとばしるように、眼から涙があふれ落ちるのを感じる。とり返しのつかない回り道をしたことが、はっきりとわかっていた。ここが私の来る家だったのだ。この家が、そうだったのだ。なぜもっと早く気づかなかったのだろう。

この場面、小室等さんも絶賛しておりました。まったく同感です。山桜ではありませんが、桜の季節になると、この短篇を思い出します。篠原哲雄監督で、「山桜」も映画化される(*2)そうな。庄内ロケだそうで、これも今から楽しみです。

【追記】
下の記事によれば、ローカル放送ではない糢様。BShで放送されたものの再放送だったようです。
(*):「藤沢周平 山桜」~「ばーばの独り言」より
(*2):映画「山桜」を見る~「電網郊外散歩道」
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8 コメント

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ブログへのコメント有難うございます。 (ばーば)
2007-04-30 01:34:11
私も先日から山桜の記事を拝読しておりましたが、「藤沢周平」というカテゴリーがあるのを本日知り、読ませていただきました。平岩弓枝や宮部みゆきなど、これからも読みたい記事がたくさんあります。
そのうち、私もドヴォルザークの交響曲8番を聴いて起きたりするかも!!
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ばーば さん、 (narkejp)
2007-04-30 07:22:31
コメントありがとうございます。同じ番組を見ている方と、後日こうしてお話できることは、情報技術の恩恵かもしれません。「藤沢周平」カテゴリーは、今後も着実に増える予定です。山形新聞夕刊の「没後10年特集連載」関係の記事も、要点をできるだけ御紹介していきたいと思います。よろしければ、今後ともどうぞご愛読ください(^_^)/
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TBありがとうございました (sakurai)
2008-04-23 21:35:47
御無沙汰しております。
だいぶ前に鑑賞したのですが、上映前近くなったらUPしようと思っているうちに、詳細を忘れてしまい、やはりさっさと書いた方がいいと、思いなおしたしだいです。
監督の個性が出て、篠原監督らしい、それなりの味わい深い、いい出来だったと思います。
もとの本がきちんとしてますので、基本がしっかりしている感じでしょうか。
庄内の方から見た月山の風景が好きなのですが、それもしっかりと出ております。
ぜひ、ご覧になってください。
音楽映画といえば、先日、「愛と哀しみのボレロ」のリバイバルを見て、堪能しました。
何度見ても素晴らしいのは、いいですね。
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sakurai さん、 (narkejp)
2008-04-24 06:29:12
コメント、トラックバックをありがとうございます。映画「山桜」が楽しみです。原作がいいだけに、映画化がていねいであれば、きっとよい作品になっていることでしょう。野江さんの視点は、武士の世界をどのように見るのでしょうか。
新しい音楽映画では、ラフマニノフが登場したようですね。これも楽しみです。
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読みました (さちこ)
2008-06-21 08:58:34
おはようございます。
その後、「山桜」読みました。
忠実に再現という印象です。
季節の移ろいの美しい映像は、やはり素晴らしいと思います。
『時雨みち』に収めてある短編を読み、山本周五郎を思い浮かべました。なかなか・・・いいんですね・・・。
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さちこ さん、 (narkejp)
2008-06-21 16:59:14
コメントありがとうございます。藤沢周平の作品は、どれも素晴らしいですね。主要作品のほとんどが文庫本で読めるので、たいへんありがたいです。「山桜」のような印象的な短編が、このように見事に映像化できるのですから、「三月の鮠」のような作品が、映画になったらどんなふうだろう、とか、「花のあと」のような作品ならばどうだろう、とか、いろいろ想像してしまいます(^o^)/
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コメントありがとうございます (コデマリ)
2009-05-17 02:54:06
「小手毬ふくろう」のコデマリです。前回と名前が変わっていまして、怪しくてすみません。

原作のクライマックスの文章を改めて読ませていただいて、なんだか心が震えました。短く平易なことばですが、表層の一枚下の場所を掘り起こして揺さぶってくる力がありますよね・・・。何度でも、「参りました」と心酔する思いが新たになります。

そしてやっぱり、映画って難しいのだなぁともしみじみ思いました。それなりなものにはなっても、なかなか再現というわけにはいかないんですね。映画は映画として楽しめますけれど、やはり自分は原作派だな、とも再確認いたす次第です。
ありがとうございました。
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コデマリ さん、 (narkejp)
2009-05-17 08:35:18
コメントありがとうございます。映画を楽しみつつ、あらためて原作の格調の高さを感じる、というところかなと思いますが、「式台に手をかけると」以降の、心理的なクライマックスの場面は、本当に素晴らしいですね。映像にはなりにくいのでしょうか。もし私が監督なら、土間にうずくまって嗚咽している野江さんの映像から上方にズームアウトしていき、上空から見た家の映像となり、やがて音楽と自然の美しさにとけ込んで行く、といった形にするのかな、と思います。ただし、そのようにすれば、たぶん天上からの視点を示唆し、弥一郎の処刑と悲劇を暗示するように受けとれてしまうのでしょう。なかなか難しいものですね。
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