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遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

能楽資料12 江戸の小謡集(1)『拾遺小諷小舞揃』 

2020年10月11日 | 能楽ー資料

ここしばらく、江戸から近年にまでに出版された種々の謡本をブログで取り上げてきました。それらは、能一番の詞や謡いをすべて書きとめたテキストに、謡い方の記号を付けた物です。一曲全体ではかなりの長さになります。

これらを集めた番綴り本は、かなりのボリュームになります。

そこで、一曲全体ではなく、それぞれの謡曲の中で、誰もが口ずさみやすく、人気のある部分だけを取り出し、集めて一冊にした謡本が多く出版されるようになりました。

それが、小謡集(小謡本)です。

一つ一つの謡いが短いですから、普通の本の中に、百番ほどの謡いが入ります。そして、人々の興味を引くよう、謡いの絵図や解説も載せるなどの工夫がなされています。さらに、謡いとは直接関係のない事柄、例えば礼法について欄外で詳しく述べて、教養が高められるようになっています。

小謡本は親しみやすいので、人々の間に広く行き渡りました。また、寺子屋の教科書としても使われました。

ブログでは、しばらく、江戸時代の小謡集を紹介していきます。

手元にある江戸時代の小謡集、9冊です。このうち一冊は、小笠原流礼法の本ですが、半分以上を小謡いが占めているので、小謡集の中に入れました。

 

今回は、9冊の中で一番古い、『拾遺小諷小舞揃』です。

『拾遺小諷小舞揃』松村清助、津がや九兵衛、元文2(1737)年、32丁。

 

見開き。武士と町人が一緒に謡いの会を催しています。囃子が入ってかなり本格的です。

 

能の小道具、能面と小謡の目次。

 

小謡は81番、小舞は14番載っています。

小謡が能の謡いであるのに対して、小舞は、狂言の謡いです。

小舞が載っている謡本は珍しいです。

 

小謡81番は、春夏秋冬の季節ごとに並んでいます。

諏訪、鼓瀧、さけ、みさほ、神崎、電、かいつかなどは、現行250曲にはなく、江戸から明治にかけて、廃曲になった能だと思われます。かなりの能が上演されなくなったのです。いまでは、復曲されない限り、これらの能に接することはできません。

 

この本では、小舞14番が先に載っています。

小舞も、謡と同じような記号であらわされています。

 

小舞が終わると、小謡です。

高砂から始まります。それぞれの曲について、1から3カ所、数行分の謡が載っています。長いものでも、一つ、数分でうたい終ります。

 

 

『拾遺小諷小舞揃』の最大の特徴は、上欄に、小笠原流の礼法がかなり詳しく載っていることです。

礼法の中でも、特に、食事に関する作法、「給仕配膳仕様」が詳しく書かれています。

 

めしのつぎよう。

 

配膳の仕方の図。

 

飯の喰様の部です。

配られた物の食べ方が、事細かに書かれています。

 

吸い物のすい様。

 

瓜のむき様。

大きさや季節によって、むき方が異なります。

 

饅頭の喰い様を少し詳しく見てみます。

一。 饅頭くひやうの事 
まんぢうは椀に三つ入、ふたを
して出べし。汁を引くとき、ふたに
したるわんをとりて汁をうけ、
右にてはしをとり、左にてまん
ぢうをとり、はし持ながら左右
の手にてわるべし。わりやうハ
こしきつきの方を上にてわる
べし。半分ほどわりかけ。また
おし合/\ニ三度もしめわりに
したるがよきなり。さなければ
あんこぼるゝゆへなり。右の半分を
わんにをき。左のかたをくひしまひ
て、また半分をくふべし。右にはしを
持ながら汁をすふ。実をくふこと
有べからず。若者ハ汁をすハざる
がよきなり。但時宣(じぎ)によりて。一ど
などハすひしてもくるしかるまし。
としよりたる人もニ三度までも
くるしからず。さりながらミハくふ
べからす。さいハ中にあるをくふて
其さらを左の折敷のわきへ直
すべし。後より出。すへかゆべし。
此時ハ左右を左の方へおくべし。

頭:中国から渡来した食べ物。本来は、さい(菜)と一緒にたべるが、日本では、その後、小豆餡の饅頭もつくられるようになった。

こしきつき:饅頭を蒸す時の下側部。

さい:饅頭に添えられる酢菜。

麦:うどんやそうめん類。熱麦(あつむぎ)、温麦(ぬるむぎ)、冷麦(ひやむぎ)がある。

当時の饅頭は、汁をかけて蓋のある椀に入れ、出されたのですね。

箸をもちながら蓋をとり、その蓋に汁をあけ、饅頭を両手で押しわり、半分ずつ食べます。汁は若者は飲まない。老人は2,3度までなら飲んでもいい。酢菜は、皿にのっている物を食べ、食べたら左膳の横へ置く。空いた所へは、次に麺類が出てくる・・・・

私は、小笠原流礼法の本を何冊か持っていますが、専門の礼法書にも、饅頭の食べ方についてこれだけ詳細に書いてありません。配膳や瓜の皮の剥き方なども同じです。小謡本の欄外に、なぜこれほど細かく書かれているのか、不思議です。

 

続いて、プチ知識のいろいろ。

当時、謡いに相当する漢字が、流派によって異なっていたことがわかります。

同様に、くせまい(曲舞、略してクセ)の書き方もいろいろです。

宝生流が、保昌座となっているのも面白い。

この時、すでに喜多流は存在していたはずですが、一般にはまだ認知度が低かったのでしょうか。ここには、観世座、金剛座、保昌座、金春座の四座のみ書かれています。

 

最後に、「萬字盡」として、樹木、鳥、魚、獣の色々が漢字で書かれています。

 

       魚盡。      樹木盡。

 

       獣盡。       魚盡。        

「カタカナイロハ」も小さくのっています。

カタカナは特別に学ぶものだったのですね。

 

このように、『拾遺小諷小舞揃』は、小謡に留まらず、色々な情報を満載して、江戸の人々が教養を身につけられるよう工夫されていたのです。

 

 

 

コメント (10)
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